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V-8 Archie: USA --- Kitcar

---- Pontiac Fiero V-8 Kits and Kit Cars. The "GT4T" is the Ford GT type replica.


Valmet Automotive: Finland

SAAB 900 & Porsche Boxster Coachbuilder


Value Progress: Japan

Value Progress. 有限会社 白岩モーター商会

1955年3月創業、 1999年7月 バリュープログレス設立。

2003年、東京オートサロンにて開催された「東京国際カスタムカーコンテスト」コンパクトカー部門において、日産マーチをベースとしたToy Box (Amina)がグランプリを獲得。2004年、Aminaの成長をコンセプトとしたAlligaterは、前輪を4輪とする前衛的なモデルであり、その市販モデルとして2005年にはAlligater II を発表した。


Van Diemen: UK

VAN DIEMEN INTERNATIONAL RACING SERVICES LTD.

Racing car constructor.


Van Hool: Belgium

See also ABC Bus.


Vantare: USA

Vantare by Featherlite --- Prevost H3-45 and XLV Custom Motorcoach Conversions


Vanwall: UK

Vanwall Cars. 

Original, traditional and high performance sports racing cars for use on the road or the track.

(VANWALL is a TM of Dana Corporation, USA)


Vauxhall: UK

Vauxhall Motors, A Brand of General Motors UK Limited.

ボグズホール


Vaydor: USA

eMa Motorworks LLC.

The Aftermarket Performance & Design Devision.

Vaydor G35, Infiniti G35 Widebody Kit.


Vaz / Lada: Russian Federation

AvtoVAZ Inc.

1969年、Fiat、イタリア共産党、および時のソビエト連邦政府の間の協力的な契約として、モスクワ東部に位置する街 Togliatti (トリアッチ)で創業。社名の公式な英語表記は JSC AVTOVAZ である。これは、Joint Stock Company Volga Automobile Works の略称を意味し、それぞれのロシア語の頭文字からアルファベットに対応した文字でつづられた名称である。また、本拠地である Togliatti の名称は VAZ 創業に力を発揮したイタリア共産主義のリーダーPalmiro Togliatti に由来する。

最も有名な生産車は、Zhiguli (model VAZ-2101)と呼ばれるFiat 124をベースにした乗用車である。世界的に有名なLadaの商標は、当初、Zhiguli の輸出名として採用された。その後 1977 年に、クロスカントリータイプの Niva を発売、輸出も行われ好評を博した。

1991年、ソビエト連邦の崩壊に伴って民間企業となる。また2000年以降ロシア国内でも Lada の名称が使用される。

2001年6月27日、GM、AVTOVAZ および European Bank for Reconstruction and Development (EBRD --- 欧州復興開発銀行)による協定を締結。同年7月30日、三者のジョイントベンチャーとして、CJSC GM-AVTOVAZ を開設(同年8月2日創業)。資本金は2億3820万ドル、出資総額は3億3200万ドルであり、三者の出資比率は、GM…41.61%、AVTOVAZ…41.61%、EBRD…16.78%。このほかにAVTOVAZから知的所有権(Niva 2121に関連する特許と商標)が提供されている。2003年、GMとの共同開発によりNivaを全面改良し、Chevrolet Niva として発売。旧型のNivaは、引き続きLadaブランドで販売されている。また、先代のオペル・アストラをベースとしたChevrolet Vivaも製造している。2004年、国内で小型車Lada Kalinaを発売、2006年にEUに向けた輸出が計画された。

これまで、AvtoVAZ は、ロシア自動車産業の自力復興の基礎として位置付けられ、議決権の大部分は国営企業が占めていた(AFK 20%、 Vneshekonom bank 5%、AVVA 33%、従業員組合 25%、その他 15% このうち AFK と AVVA は AvtoVAZ の子会社として株式の持ち合いを行っていた)。2005年末、国営武器貿易商社「ロスアバロンエクスポルト」社が経営権を取得。2006年には、産業及びエネルギー省が「ロシア自動車産業の発展構想」を策定し、「AvtoVAZ」社を発展させ、50億ドルもの国家資金を投資する計画があった。また、2006年3月には 持株会社を設立して AvtoVAZ, KamAZ, GAZ を経営統合する構想が言明されたこともある。

しかしながら、2007年3月、ロシア連邦資産基金は、AvtoVAZ の国家保有株売却のオークションを実施。金融コンサルティング会社「トロイカ・ダイアログ」が、時価総額 3,200万ドル よりわずかに安い 3,060万ドルで落札した。また、トロイカ・ディアログは、AvtoVAZ の議決株64.4%を所有する子会社機構「AVVA」と「AFK」の株式も購入すると伝えられた。さらに 2007年12月11日、AvtoVAZ は Renaultが 筆頭株主となり、技術開発分野における戦略的パートナーシップを結ぶ覚書に調印した。

2008年2月29日、Renault が 10億ドルを出資して 25%+1 の株式を取得(他の大株主は 「Rostechnology Corporation (Rostekhnologii)」及び「トロイカ・ダイアログ」であり、それぞれが 25%+1 を保有する)。Renault の出資は借金返済と他の緊急を要する目的に使われており、同年夏にはさらに25%の株式を取得し筆頭株主となり、9月には、ロシアとロンドン株式市場で同時に「AvtoVAZ」社の株の公開発行を行なうことを計画した。また、2012年までに、ラーダ、ルノーそして日産のブランド名で150万台の生産を計画している。2009年8月25日、Rostechnology は実務上の名前を「Rosavto」とする持ち株会社の設立を公式に表明した。持ち株会社には、国営のすべての自動車メーカーの資産が移され、AvtoVAZの25.1%、KAMAZの37.8%、エンジンメーカー Avtodizel (Mirror site) の 30% が主要資産になるとされた(Rostechnology は 2008年末に受け皿と見られる企業 "Avto Invest Holding" を設立している)。2009年11月5日、ロシア政府は経済支援の目的で548億ルーブルを拠出する計画であると言明した。

近年になって、1970年代初頭にロータリーエンジンを開発し、自社製品への搭載や他の国営企業への供給を通じて販売されたことが明らかになってきている。1~3ローターまでを揃え、2002年までは販売を続けていたことがわかっている。

Activities

 

Worldwide

VBM: France --- Racing car constructor

VBM AUTOMOBILES.

They constructed the VBM 4000 GTC for 1995 - 2005 season of FFSA and FIA GT championship.


VDL: Nederland

VDL Bus & Coach bv.


Vector: USA

Vector Motors Corporation / Vector Aeromotive Corporation

1971年、カリフォルニア在住の Gerald Wiegert が大学を卒業後、Lee Brown の協力を得て "Vehicle Design Force" として自動車の設計を開始。72年、ロサンゼルス・オートエキスポに試作モックアップ "Vector" を出展する。この時点ではMercedes Benz C111に搭載されたロータリーエンジンまたはポルシェの Flat-6 を搭載することを想定していたという。1976年に "Vector Aeromotive Corporation" 設立。"Vector" を同年のジュネーブショーに出展する。

1978年、ランニングプロトとして "W2" を発表。Wiegert は、かつて飛行機のパイロットを志望しており、設計は航空機の製造技術の影響を受けていた。シャシーは、ハニカム材のフロアにアルミパネルを航空機用リベットと接着剤で組み立てたモノコック。エンジンは、シボレー5.7リッターをベースにブロック・ヘッドともにアルミ製とし2基のターボで武装し、ミッドシップにマウントした。

W2 の最高速度は、当時世界最速の 240mph(386km/h) と発表され、実測でも 207mph(333km/h) を記録した。トランスミッションは3速ATのみであったが、これは当時 W2 の出力に耐える MT が存在しなかったための採用である。なお、W は Wiegert の頭文字であり、2 はツイン・ターボを意味する。W2 はさまざまなテストに使用され、多くのメディアに登場した。このとき、AutoWeek 誌は、Wiegertを「ピーターパン」に、会社を「ネバーランド」に例えて、このプロジェクトを非現実的であると非難し、Wiegert との間で裁判沙汰となった。

1980年、W2 の発展型 W8 を発表。しかし、この時点で資金不足となり、1990年9月になってようやく生産を開始した。W8 は、1993年までに18台(22台という説も)を生産した。オーナーにはサウジアラビアのカーリッド王子やミッキー・ローク、アンドレ・アガシらが名を連ねた。ロークは来日時に愛車を空輸させるほど寵愛したが、アガシに至っては、トラブルに耐えかねて返品してしまう。このトラブルは、「セットアップが完了するまで、エンジンをかけてはならない」という Vector 側の忠告をアガシが無視したことにより起こったもので、火災によって排気システムとコックピット後部を破壊してしまった。いずれ、完成度は低いものであり、アガシの一件は Vector のイメージを落としてしまう出来事だった。

1992年、世界最速の座を死守するべく、コンセプトモデル Avtech WX-3 を発表。エンジンは、排気量を7リッターに拡大し、1000hp、250mph(402km/h)を標榜した。しかしながら、このときのエンジンは W8 のものであり、WX-3 向けのエンジンは実現することはなかった。

この頃から、多くの株主が Wiegert の経営手腕を疑問視するようになる。事実、W8 を生産する際の公募増資においては、Goodyear(同社製タイヤの商品名であった "Vector" をめぐる商標権)や、Vantage cigarettes など、数々の訴訟に対する支援も含まれたという。結果、1993年、インドネシアの当時のスハルト大統領の子息 Tommy Suharto が率いる Vpower (MegaTech Group) に買収される。Vpower は、Weigart に経営者としてではなく、デザイナーとしての残留を要請したが、Weigart がこれを拒否したため同社を追われた。なお、Weigart が同社を去るまでに WX-10 と呼ばれるモデルが存在したとされるが、実態は定かではない。

1993年3月フロリダに移転、D.ピーター・ローズが社長となる。直後 Vpower が Lamborghini を買収。コスト高となる WX-3 用エンジンの開発を諦め、ディアブロのエンジンを搭載するために WX-3 のシャシーの改良に着手する。1995年に Reynolds Industrial Park で Lamborghini の事業所に同居する形で工場を賃借し、Lamborghini の協力の下、WX-3 の改良型である M12 を発表する。しかし、わずか5台を生産後、従業員(首脳陣との説が有力である)の横領がもとで経営に行き詰まり、96年11月に工場を閉鎖、1997年2月には事実上倒産する。その後、Lamborghini は Audi に買収されたことで、1997年末にはエンジン供給が終了することとなった。この間は、Bahamian Corp.(Tradelink International Limited) の資金援助を受けて、さらに10台のM12を生産した(総生産台数は15台、ただし NAIAS に2台を出品後、経営に行き詰まり、その後14台を生産したとの説もある)。M12 は、いわゆる「アメ車」のセオリーを外して、Lamborghini Diablo とエンジンを共用したことで、Vectorファンの共感を失った。Top Gear の Jeremy Clarksonは M12 を「史上最悪の車」と評するなど、多くのメディアが M12 を酷評した。

1999年、シボレーコルベットのエンジン、Porsche 製トランスアクスルを搭載することを想定した SRV8 を発表したが、そのわずか数週間後の同年7月、資金不足により計画は頓挫し、Vector の活動は事実上終止符が打たれた。一説によると、この際、Lamborghini は M12 のエンジン供給に対する肩代わりとして W8 を没収したという。Weigart  は、自身は Vector を離れており、W8 に対する自身の権利の確認を求めて訴訟を起こし、これに勝訴したが、W8 は返ってこなかったとのことである。なお、日本にはシャシーNo.48013のW8の上陸が確認されており、九州にあったといわれている。

2001年、Vector を復活すべく、新たなオーナー(オハイオ州出身で、自動車産業の成功者であるという以外、氏名等は未公表)率いる American Aeromotive が買収。一方で、創業者 Weigart は、Vector を追われた半年後に新会社 Avtech Motor と水上バイクメーカー Aquajet Corporationを設立。Vectorの破産後には、American Aeromotive から資産および商号を取り戻し、Avtech Motor を Vector Motors Corporation とした。Weigart は、現在も Vector を所有しているという。

2006年8月18日、Weigartは、Concorso Italiano (アメリカ・モンタレー・ウィークエンドで開催されるヒストリックカー・イベント)に Avtech プロトタイプを持ち込み、ニューモデルの開発を示唆した。2007年 LA Motorshow に再興以来初のモデルとなる WX8 を発表する。WX8 は、パワーソースとしてアルミニウムV8、排気量10リッター、1850馬力を計画していることを公表した。


Vega: Sri Lanka

CodeGen International.

The first Sri Lankan electric super sports car.


Vehicle Research Laboratory: Netherlands --- R&D


VEMAC: UK / Japan

東京R&Dと米国のコンポジットグループ社ならびに英国のロケット カー アールアンドデーの合弁会社であるヴィーマック社の英国子会社。
 HONDA製、1.8リットルDOHC VTECエンジンを縦置きミッドシップとしたライトウェイト(800kg)スポーツカー、RD180を2000年秋に製造販売開始。生産予定車は右ハンドル車で月産10台程度、英国、日本のみで販売。


Vencer: Netherlands

Vencer Sarthe は少量生産のミッドシップスポーツカーである。CFRP 製シャシーに、シボレー・コルベットの 510馬力の V8 エンジンを搭載し、1390kg の車両重量から、0-100km/hは3.8秒、最高速度 326 km/h を標榜する。


VentureVehicles: USA

Go Persu


Venturi: France -> Monaco

MVS (Manufacture de Voitures de Sport) / Venturi Automobiles.

1984年、ポルシェやフェラーリなどを上回るフランス製スポーツカーの製作を目指して、Claude Poiraud と Gérard Godfroy が創業。二人は Heuliez のエンジニアであった。

1996年、初の市販車となる MVS Venturi (後の Atlantique)を発表。1990年代の中頃まで、ターボチャージャー付きの PRV エンジンと Renault 製ギヤ・ボックスによるミッドシップエンジンのクーペやロードスターを製作した。

1989年、 Xavier de la Chapelle がグループに参加、社名を「MVS」から「Venturi」に変更。

1992年、Larrousse F1 を取得。Larousse UK (Fomet 1として以前知られていた英国の会社)によって、1991年の Fondmetal F1 をベースにデザインされ、最初にカーボンブレーキを採用した車となった。また新興のスポーツカーメーカーとして、Ferrari などの名声に追い付くべく、BPR Global GT Series やル・マン参戦など精力的な活動を行った。

2000年、破産を宣言。2001年にモナコの富豪、Gildo Pallanca Pastor が会社を取得した。以降、電気自動車の技術開発に力を注いでおり、自社モデルの他に、パワートレーンの供給によるEVコンバージョン(例えば、Venturi-powered Citroën Berlingo)や、Michelin 製 "Active Wheel" のベースカーを開発している。

2009年、Ohio State Center for Automotive Research(OSU CAR)と、レコードブレーカーの共同開発を開始。2010年8月、米国ユタ州ボンネビルにおいて、最大出力800psのモーターとリチウムイオンバッテリーを搭載したEVプロトタイプ「ジャメ・コンテント(Venturi JamaisContente, Buckeye Bullet 2.5)」で、515km/h(平均495km/h)というEVの世界最高速記録を達成し、2013年現在も保持している。 2013年9月27日、最高出力3,000CVを発生する VBB-3 を発表、2014年までに時速600キロを超えることを目標としている。

2010年6月2日、Voxan の買収を発表した。9月17日、EV 製造工場 MVE(Manufacture de Véhicules Electriques)の竣工式を行った。同工場では Venturi のほか、Pastor が買収した Voxan や、Venturi が開発を行った EV コンバージョンモデルの生産を行う。

2013年12月9日、俳優の Leonardo Wilhelm DiCaprio と共同で、FIA Formula E series への参戦を発表した。


Venucia: China

Venucia (啓辰 / 启辰 --- Qi Chen), Dongfeng Nissan's brand.

2010年9月8日、日産自動車の中国合弁会社である東風日産乗用車公司が、中国市場での成長戦略として、自主ブランド Venucia の展開を発表した。日系自動車メーカーと中国現地メーカーの合弁会社が、中国で独自ブランドを立ち上げるのは広州ホンダに続いて2社目。

独自ブランドモデルは東風日産が開発し、最初の量産車を2012年に市販する予定。東風日産は、新ブランドの展開に伴って設計、研究開発、生産、マーケティング、販売網構築などで構成する新ブランドプロジェクトのための組織を設立する。東風日産は「Nissan」と「Venucia」の複数のブランドを展開することで幅広い顧客層を開拓していく。


Velorex: Czech Republic


Velozzi: USA

Velozzi is a non-profit laboratory.

Velozzi made waves in 2007 with their green sports car concept powered by multi-fuel micro-turbine.


Veranti: UK

Veranti Motor Company Limited.

The Veranti Coupe is the brainchild of innovative designer and kit car king John Barlow, to give the Toyota MR2 (MK2) a fresh new look.

The Veranti is back by very popular demand and has been relaunched in 2011 by the Veranti Motor Company. Currently they are manufacturing models to suit the Coupe and Targa Top mark 2 Toyota MR2. 

They are currently working on a variation of the Veranti style for the Toyota Celica 1999-2006 - this is likely to be released in 2013.


Veritas: Germany

Veritas, a brand of the Vermot AG / Automobilwerke Ernst Loof GmbH / Veritas GmbH

技術者である Ernst Loof 、 Georg Meier そして Lorenz Dietrich の3名によって、1948年に "Veritas GmbH" を設立。

それ以前、第二次世界大戦前には BMW 328 のリビルドとチューニングに従事し、彼らは製品を "BMW-Veritas" として販売していた。最初の作品は 1947年にKarl Klingに供給し、第二次世界大戦後ドイツで最初のレースに勝利する。Klingはその年の German 2-litre を制した。この他ドイツ選手権において13勝、合計で29勝を遂げた。わずかな台数を製作したのち、BMWから異議を受けたことで、ブランド名から "BMW" を除いた "Veritas" に改める。

1949年、Veritas RS を公道仕様として最初のロードカー  Komet coupe' を発表する。その後、 2+2 Saturn coupe',  Scorpion cabriolet を相次いで発表した。同年 Muggensturm に移転後は、Eric Zipprich が設計した 1998cc エンジンを主力としたが、生産を Heinkel に委託するなど経営の効率化が図られ、技術色は薄まった。この車には 200 を超える注文があったが、部品購入のための入手可能な資金が充分でなく、1950年~1952年に生産を停止し、その間は Panhard のボディ生産を請け負った。

一方で1950年には、創業者のひとり Ernst Loof が退職。Auto Union の古い工場を借りて "Automobilwerke Ernst Loof GmbH" を設立。Heinkel からのエンジン供給によって、セダンとカブリオレによる新しい "Veritas" の生産を開始した。しかしながらほどなくして資金不足に陥り、エンジンを Opel や Ford に変更しわずかな台数(6~20台、諸説あり)を生産したにとどまった。

この時期、1953年まで数名のプライベータが Meteor を駆って、スイスやベルギー、そしてドイツで開催された F1 にスポット参戦している。Meteor は F1世界選手権発足後、西ドイツ車として初の F1 マシンとなった。

21世紀になって Vermot AG がブランドの復活を発表、わずか15人の小所帯で開発を進め、2001年にコンセプトカー "RS III" を発表した。これは Meteor を現代風にアレンジしたデザインに、BMWの670HP 6リッター V12エンジンを搭載した FR スポーツカーである。シート配置は "1+1" と称して左側単座席を使用し、蓋をされた右座席は非常用として使用する。

2008年には"RS III"の生産計画が現実のものとなる。カブリオレとクーペをそれぞれ年間 30 台程度ハンドメイドで生産し、エンジンは引き続きBMWからの供給を受ける。600BHP 5.0リットル V10 とスケールダウンしたものの、507ps/7750rpm、53kgm/6100rpm の性能を誇り、6 速 MT または 7 速 DSG を介して 0‐100km/h は 3.2秒、216mph (348km/h) の最高速度を標榜する。ブレーキはブラバムレーシング製のセラミックであり、前が380mmの6ポッド、後ろが355mmの4ポッド。タイヤはダンロップ製で、フロント255/30ZR22、リア325/25ZR22 を装着する。ABS、トラクションコントロール、ESPといったデバイスは未装備である。シャシーはカーボン・ケブラーコンポジットで 1080kg と極めて軽量。

2009年10月19日、Vermot は、翌年1月から Veritas RS III を 30 台限定で販売すると発表した。価格は日本円で約4670万円であり、11月の時点で5台が成約済み、8台が商談中である。


Verlicchi: Italy

Verlicchi Nino e Figli S.p.A.

R and D compamy.


VGM Motors: Italy


VIA: USA

VIA Motors Inc.

2010年11月、Raser Technologies から分離して設立。役員とエンジニアは、GM および Raser から参加した。Raser は、2009年に Hummer H3 のプラグイン・ハイブリッドを提案していた。VIA は GM からベース車両となるトラック、バン、およびSUV を購入し、4.3L V6エンジンを用いたレンジエクステンダタイプの電気自動車に改造して販売を行う。VIA では自社のパワートレーンを、大型 4WD 向けとして特別に「E-REV」と称している。

2011年、Carl Berg をはじめとした個人投資家から530万ドルを集め、VTRUX の車名でフリートユーザーに直売を開始し、PG&E (Pacific Gas and Electric Company) が最初のユーザーとなった。フリートユーザーへの直売は、将来(2013年頃)の一般販売を見込み、フリートユーザーによるベータテストを目的としたものであった。また、この年には、かつて GM の副会長を務めた Robert Anthony "Bob" Lutz が会長に就任した。

2012年、新型モデルを公開。Remy Motors および A123 Batteries とサプライヤーズ契約を締結した。また、新たなフリートユーザーとして、Rocky Mountain Power および Verizon Wireless と契約した。


Vickers Defence Systems: UK --- Military

part of Rolls-Royce plc.


Vidi: Spain

Vidicar.

Vidicar is established by Albert and Jordi Vidal bros. Jordi Vidal was a design engineer on the NTCE_LCV (Nissan Technical Center Europe).

Vidi GTR and GTS are based on the soul of the Lotus 7 powered by Lombardini engine.


Vigillante: USA

THREE-WHEELER


Vignale: Italy --- CARROZZERIA


Vindicator: UK --- Kitcar

Sprint, Lotus 7 type Replica.

Lotus 7 type Replica manufacturers index


Vintage Motor Company: UK --- Kitcar

Kit Cars based on Model 'A' Fords


Vintage Racing: Luxembourg

Vintage Racing s.à.r.l.

"Bentley Specials" are a faithful and detailed hand-built restoration by craftsmen, using traditional methods and materials.


Vintage Speedsters: USA --- Kitcar

high-quality replicas of the 1957 356 Speedster


Virago: UK

Virago Cars.


Virgin Racing: UK --- Formula 1 constructor

Virgin Racing.

2010年から F1GP に参戦し、2012年シーズンには Marussia F1 とチーム名を改め、コンストラクタも Marussia となった。

2013年12月5日、翌年から開催する FIA Formula E シリーズへのエントリーを発表した。


VisionGreen: Germany

VisionGreen Ltd.

Electric Vehicle.


Vision Industries: USA

Super Sport


Visionary Vehicles: USA

Visionary Vehicles L.L.C.

2008年、Malcolm Bricklin が創業。Bricklin は、かつて Subaru 360 をアメリカに持ち込んだり、カナダでスポーツカー Bricklin を展開した人物である。Visionary Vehicles の創業当時、Bricklin は Chery と共同で同社のアメリカ進出を果たし、同社のディストリビューターであった。

Chery との協業当初は、Chery のアメリカでの展開において、Bricklin が企画を担うことになっていた。Audi を仮想ライバルとして、同社のラインナップに対抗しうる製品を安価に供給することを目論んでいた。しかしながら2006年に Chery がこれらの契約から手を引いたとされている。

現在は、当時の構想をもとに、プラグインハイブリッド方式の乗用車を開発、2010年からの発売を目指している。


VISO: Japan


Vitesse: UK

Gulf Coast Motors. Body Kit based on the Honda Civic or CRX body.


VL: USA

VL Automotive.

かつて GM の副会長を務めた Robert Anthony "Bob" Lutz と、Gilbert Villereal が設立。

2013年1月、Fisker Karma をベースとして、Corvett ZR-1 の 6.2L V8 エンジンを搭載した 4ドアセダン VL Destino を発表した。5月には、Wanxiang と共同で、経営難にあった Fisker の買収を画策していると報じられた。Wanxiang は Fisker にバッテリーを供給していた A123 systems を買収しており、VL との接点があった。


VM: Germany

VM --- Exclusiver Fahrzeugbau GmbH. Lotus 7 type Replica.

Lotus 7 type Replica manufacturers index.


VM (engine): Italy

VM Motori S.p.A.

1947年設立。VM の名称は二人の創立者 (Vancini と Martelli) のイニシャルに由来する。

創立以来、ディーゼルエンジンの開発、製造を主とする。1971年、Stabilimenti Meccanici Triestiniと合併。

1974年以降、自動車メーカーへのエンジン供給が多くなる。1990年に発表した" Turbotronic engine " は、AlfaRomeo、Chrisler、Ford、GM、Roverなどに供給された。このほか、LTI (London Taxi International) TX4 へのエンジン供給が有名である。

1995年、Detroit Diesel (DDC) が VM Motoriを買収。2000年には Daimler Chrisler AG (DCX) が DDC を買収したことによって親会社が変わった。

2003年には、Penske が DCX から 51% の株式を購入し、両社の共同所有となる。2007年に、Penske は、DCX から 残る  49% の株式を購入し、うち 50% を General Motors に売却した。

2008年9月には、GAZ が Penske の保有株式を取得することに合意、GAZ と GM の共同所有となる(未確認)。2011年、Fiat Group が Penske 保有分の株式を取得し、GM と Fiat Group の共同所有となった。


VOLKE Entwicklungsring GmbH: Germany --- R&D

Fahrzeugentwicklung bis zur Serie


Volksrod: UK

Volksrod Beach Buggies by Stuart Hopewell & John Whitworth.

1966年、Window Change の経営者である Warren Monks がアメリカの雑誌で見たオフロードバギーの写真をきっかけに、オリジナルモデルを構想し、部下の Edna Gardom と製作を開始する。1968年半ばに最初のモデル Mk I を完成させた。1969年12月、The Brussels Racing Car Show にて、Mk IIを発表。このとき、VW Beetle のシャシーを流用するモデル Mk II FL を追加した。Mk I は 1970年まで生産を続け、20台を販売した。

1970年、Monks は Hartsdale Services に、Volksrod を含む Window Change を売却した。事業は David Taylor が指揮することとなり、Gardom も Window Change に残った。Mk II シリーズは約250台を販売する成功作となった。
 1970年8月、The DIY Exhibition at Olympia にて Mk III を発表、1971年半ばには、サイズを拡大し丸みを帯びたエクステリアの Mk IV に発展した。このころ、Taylor は Volksrod 事業に対する興味を失っており、実質的な運営は Gardom が行うようになった。

1977年、Gardom の子息である Trevor が事業を引き継ぎ、1984年まで保有した。1984年、Volksrod 事業は、John Whitworth と Andrew Leach (Whitlee Engineering) に売却され、R&W Mouldings が外板生産に協力する形で体制を整えた。数年後、Leach は会社を離れ、会社は Whitworth Engineering と名前を改めた。Whitworth は部下の Jeff Copson の支えのもと、Mk III の生産を継続した。

1991年、Mk V を発表。この年の中頃に Stuart Hopewell がチームの中核に合流する。Mk V は、ドラッグレース VWDRC で活躍し、"Midnight Star" と呼ばれた。この時期、ポルトガルの貸別荘のオーナーから Mk V の後部座席部をシェルフに作り替えたモデルを受注した。これを Mk VI としたが取引はキャンセルされ、既に制作していた2台は他のユーザーに売却された。業績も下降し、1995 年には Hopewell が会社を去った。また、外板製造は Premier Mouldings が担うようになった。生産は縮小されたものの、事業は継続し、会社は John Whitworth Motor Services と名前を改めた。

2002年、パートタイムで Hopewell が復帰、Mk VI の開発を委任した。2005年、Hopewell は VW のサービスガレージ STUVW を創業した。また、R&W Mouldings の従業員であった Mick Reynolds が FRP 製造において協力を行うようになった。2009年までは、Mk VII を生産し、2010年3月の The Volksworld Show でニューモデル Mk VIII を発表した。


Volkswagen: Germany

フォルクス・ワーゲン

フェルディナント・ポルシェ博士が描いた小型大衆車のアイディアに対して、「時速100kmでの走行が可能、100kmあたりの燃費が7リッター以下、価格1000マルク以下」という形で、時のナチスドイツ総統アドルフ・ヒトラーが具現化した「国民車構想」を元に1936年試作車が誕生。46年より生産が開始された。この車(ビートルと呼ばれる基本モデル)は、累計生産台数を、早くも53年に50万台、55年には100万台に乗せる爆発的なヒット作となり、72年にはそれまでフォードT型が持っていた単一モデル累計生産台数記録(1500万7034台)を突破した。

60年代初頭にアウトウニオンを傘下に収め、78年にビートルの本国での生産を終了(その後もブラジル、メキシコで長く生産が継続される)、ビートル後継のゴルフによって大衆車基盤を築いた後にセアト、シュコダを傘下とする。近年もロールスロイス/ベントレー、ブガッティを傘下とし、フルラインを擁するヨーロッパ最大の自動車メーカーグループとなっている。

2005年9月25日時点では、敵対買収防止策として Porsche が筆頭株主となっている(Porsche...20%, Niedersachsen州...18.2%, VW...13%)。

Motor sports

 

Products

Related cites

Worldwide

Volteis: France

ELECTRIC CAR.

X2 VS2 / X4 VS2 are electric vehicles.


Volvo Cars: Sweden

ボルボ。Volvo car Corporation , Volvo Personbilar Sverige AB.

1999年2月、AB Volvo が乗用車部門を Ford Motor Company に売却したことで独立企業 Volvo Cars となった。Ford では、Premium Automotive Group のブランドとして位置づけられた。2003年発売の XC90 のV8エンジンは、Yamaha が設計生産を行った。

しかしながら、Ford の長期にわたる経営不振の煽りを受けて、2010年3月には Zhejiang Geely Completes (浙江吉利控股集団) との間でブランド売却の最終合意に至った。7月15日、ボルボの新理事長に李書福氏が就任。8月2日、Geely は Volvo Car の全株買収を完了、元VW北米CEO ステファン・ジャコビー が8月16日よりボルボ社長兼CEOに就任し理事会役員になると発表した。なお、現社長兼CEOのオロフ・オルソン は副理事長に就任する。

Volvo の商標は AB Volvo と Volvo car Corporation が協同所有する商標管理会社、Volvo Trademark Holdings AB に帰属し、同社により使用許諾されている。

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Volvo Group: Sweden --- Truck, Bus

ボルボ(トラック・バス・建機等)。

1924年に Assar Nathanael Thorvald Gabrielsson (アッサール・ガブリエルソン 1891/8/13 - 1962/5/28)がストックホルムの駅前でカフェ待ちをしていた元同僚の Erik Gustav Larson (グステフ・ラーソン 1887/7/8 - 1968/7/4)に声を掛け、スウェーデン製の自動車製造を理想として掲げたことが設立のきっかけとなる。Gabrielsson は、 1912年から4年間スウェーデン議会で速記者を務めた後、当時スウェーデン最大のベアリングメーカー SKF に入社し、1920年にはパリ支店長に上り詰めた卓越したセールスマンであった。パリ駐在中、自動車業界において SKF 製ベアリングの需要が高いことから自動車産業に注目していた。Larson は、1911年~1913年まで White & Poppe Ltd. (Moris 最初の自動車に1000台のエンジンを供給したメーカー)で設計技師を務めていた。その後、ストックホルムの KTH(王立技術大学)に学び、1917年~1920年まで SKF に在籍。その後、AB Galco (G.A. Lindquist & Co. :エンジン部品製造業)の技術部長となっていた。

Gabrielsson は1923年に SKF グループの販売総責任者として本社に復帰した際に、上層部にスウェーデン製自動車の開発を具申する。そこには、当時のスウェーデンの労働者賃金がアメリカの1/3程度であり、技術力の高さに裏打ちされた製品を低価格で販売し、世界的な競争力に堪え得るという計算もあった。Gabrielsson は上述の Larson との再会によってプロジェクトを本格化。Gabrielsson の個人資産によるプロジェクトとして、ストックホルムの小さな倉庫を改造した工場で、1925~1926年の間に設計と試作を完了した。

1926年8月10日、SKF が20万クローナの出資を決定。ヨーテボリにあった SKF の子会社の工場一棟と、1915年に設立し休眠中だったボールベアリング製造子会社のブランド名「Volvo」が与えられた。公式には1927年4月14日を設立の日としている。1927年7月14日に初の生産車 ÖV 4 の1号車をラインオフした。1928年にトラック製造を開始。1930年、SKF の子会社から借りていた工場敷地を買い取り、隣接地も買い増しすることでタクシー生産を開始。1935年には株式を上場した。1952年、創業時から技術担当副社長を務めた Larson が退任(取締役は継続)、1956年6月、Gabrielsson が社長を退任、後任はグンナー・エンゲローが就任し、Gabrielsson は取締役会長となる。1958年、Larson は相談役に退く。以後、創業者の二人は亡くなるまで同職を務めた。

「ボルボ設計の基本は常に安全でなければならない」という理念の下、どの車も通常の使用条件下で最低2年のテストを行うという徹底した品質へのこだわりで、長いライフサイクルと独特の品質を持つ製品を送り出した。また、安全装備の開発、事故調査の実施と設計へのフィードバックを行うことなどによって、「世界一安全なファミリーカー」と評価されていた。 各種安全装備に関して特許の公開を行い、自動車の安全性に貢献した。 

1970年代、労働条件改善のためにベルトコンベアー生産方式を廃止したことで、国際競争力を失い、結果として高級車メーカーとして転換を図る。72年、DAFと提携、75年に DAF の乗用車部門を吸収する。

1996年、オランダ政府と三菱自動車との合弁でNedCarを設立、2004年までの生産契約を結び、S/V40(1996年 - 2004年)を生産したが、1999年にオランダ政府、2001年にボルボが資本撤退した。

1999年、乗用車部門を Ford に売却、以降乗用車部門は Ford 傘下として Volvo Cars を名乗っている。なお、ボルボのブランド(商標)は Volvo Group と Ford が協同所有する商標管理会社、Volvo Trademark Holdings AB に帰属し、同社により使用許諾されている。

2001年に Renault から大型トラック生産販売の子会社 Renault V.I. を買収し、その際に Renault からも資本を受け入れて同社が筆頭株主となる。06年03月21日には、日産自動車が保有していた日産ディーゼル工業の株式(発行済み株式の約19%分)の大半を取得、生産などでの提携関係を強化する。2007年2月20日、日産ディーゼル工業株式のTOBを実施、10月1日に同社を完全子会社化した。

2012年12月13日、Renault は、ボルボの全保有株式を売却したことを発表した。売却額は14億7600万ユーロ(約1615億円)であり、売却先は明らかにしていない。2013年1月26日、Volvo は東風汽車集団股份有限公司(DFG)との間で、合弁会社東風商用車(DFCV)を設立することで合意したと発表した。Volvo はDFCVの全株式の45%を取得するとしている。Volvo のヘビーデューティトラックの世界販売台数は、2011年でおよそ18万台であり、世界第三位だった。DFGは2011年、世界で18万6000台のヘビーデューティトラックを売り上げ、世界第二位。新会社に移行する DFCV は、このうちの14万2000台程度を占めていたことから、ボルボの18万台と合せると32万2000台規模となり、世界最大になるとしている。

 現在は、大型商用車を筆頭に、建設機械、船舶、宇宙航空の各事業部と併せ、大型ディーゼルを中心としたグループ展開をおこなっている。

Worldwide directories

Voodoo: UK

Voodoo Sportscars.

In 2006, Graham Boulter intends to put a revised Voodoo back as kit production.

In 1971, the Voodoo was the brainchild of Geoff Neale and John Arnold who ran a company called Normandale Products. They built one or further Voodoo-car before production came to an abrupt end with the tragic death of John Arnold.


Vortex: UK

Vortex Automotive Ltd.  (former Phantom Automotive Ltd.)

Vortex is run by a designer, Chris Greville-Smith.

GTR (former Virago GTR) is midship-mount engine, 2 seater Coupe.


VS composites: USA


VST: India

VST Tillers Tractors Ltd.

Consequent to its long and close association with the Mitsubishi Group of Companies.


VTE: Germany

VTE

VERSUCHSTRAGER はインホイールモータ式の EV ミリタリータンクである


Vuhl: Mexico

The VŪHL 05, is a road-legal lightweight supercar. It launched at Goodwood Festival of Speed July 11-14, 2013.

VŪHL (the name is pronounced ‘vool’ and stands for ‘Vehicles of Ultra- lightweight and High-performance) is the brainchild of brothers Iker and Guillermo Echeverria, whose Mexican/American design agency, Etxe, penned the breath-taking 05. Their profound passion for all things automotive grew from a hands-on role in the GT and formula racing cars successfully built and campaigned over a 30-year period by their father, Guillermo Echeverria senior. The company’s blue-chip backers include private investors and the Mexican Government.

The VŪHL 05's curb weight is 695kg. Its 0-100km/h is 3.7sec powered by the Ford EcoBoost 285HP.


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