2-1. パワーは速さか??
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冒頭から夢の無い話で恐縮ですが、クルマのクイックさはパワーで決まります。
よくクルマの運動を、「走る、曲がる、止まる」の究極的な基本性能で表現しています。これらの要素それぞれにおいて、例えばエンジンパワーが大きいほど速く走り、旋回時につりあう遠心力が大きいほど速く曲がり、そしてストッピングパワーが大きいほど速く止まる。ただし、パワーは安定性を保障してくれるわけではなく、パワーだけですべてを語れないことは承知のハナシ。今回は、人間が適応できるかどうかを棚上げにして、「運動の速さがパワーで決まってしまう」話と、その「パワーを捻出する手段」について考察してみます。
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2-2. 馬力と仕事
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クルマを進めるのはエンジンの力です。つまり、車体に対するエンジンの「仕事量」として、以下の式で求められます。
(仕事量) = (力の大きさ) × (変位)
この仕事量を短時間で完了すれば「速い」ということになります。単位時間あたりの仕事量を「仕事率」と呼び、仕事率の単位はPS(仏馬力)、HP(英馬力)、W(ワット)…、そう、諸元表で目にする馬力は、エンジンが生み出す速さを示します。
ここで、物理における「仕事」とは、本来は物を持ち上げることで成立するのですが、仕事率は以下の式(1)に示すように、加速度を含む単位です。
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仕事率(W: ワット) |
= |
仕事量(J: ジュール) / 時間(s: 秒) |
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= |
力(N × m: ニュートン × 変位) /
時間(s: 秒) |
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= |
物体の質量(kg) × 加速度(m/s2) ×
速度(m/s) |
…(1) |
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この加速度を、重力加速度に置き換えることによって、自動車の運動(水平方向)でも「仕事」を論じることができます。1PSは「質量75kgの物体を、重力(重力加速度
= 9.81m/s2)に逆らって、1秒間に1m持ち上げる仕事率」なので、これを水平方向に置き換えると、「質量75kgの物体が、秒速1mで移動する状態から、1Gの加速が可能な仕事率」となります。つまり、馬力さえあれば速度、または加速に有利なワケです。
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2-3.
「トルク重視型」、「高回転高出力型」って?
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ドライバビリティの評価として、「高回転域の伸び」や、「馬力よりも(低速)トルクが大事」と表現することがあります。確かに「トルク」は機敏な反応をイメージさせます。しかしながら、馬力とトルクは「よりも」という言葉で切り分けられてしまうような別物ではありません。
トルクとは「捻る『力』」を表し、式(1)においてJ
= N × m
で示されます。トルクに、時間当たりの運動距離、エンジンの場合は回転数を掛けると…
式(1)に示すとおり、馬力になります。即ち、
(馬力) = (エンジンのトルク) × (エンジン回転数)
であり、馬力とトルクは切っても切れない関係にあります。ちなみに「エネルギー保存の法則」から、ギアの損失を無視すれば、
(馬力) = (車軸トルク) ×
(車軸回転数)
とも表すことができます。
良く言われる「トルク重視」とは、正しくは低速域でのトルクを指しており、これが大きければ、低回転域から大きなパワーを発揮し、発進やコーナー脱出時など実用域の加速性能に有利になります。そして「高回転(なら)高出力」なのは当たり前のことであり、これも正しくは「高回転まで回せて、回転数に応じて出力が上昇する感覚」を指していると思われます。
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2-4. トルクを生むには
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ここでまた夢の無い話で恐縮ですが、燃料エンジンのトルクは排気量で決まってしまいます。
原動機を回す力がトルクとなり、燃料エンジンであれば、その力は圧縮した混合気(ディーゼルの場合は空気)に対する爆発・燃焼、膨張時の力です(ちなみに、電気モーターであれば磁気の引き合う力、または反発する力)。つまり、トルクを増やすには、それぞれのエンジン回転数において、(最適な空気と燃料の混合比に基づく)混合気を多く燃やせば良く、結果、大排気量ほど有利ということになります。小排気量の場合、トルクの小ささを回転数で補わない限り、パワーは出ないのです。
ただし、排気量と言っても、エンジンのシリンダ容積で決まる話ではなく、その容積に対してどれだけの割合で混合気を詰め込むかが重要です。この割合を「充填効率」と呼び、市販エンジンは承知していませんが、現代のF1エンジンの充填効率は102~103%と言われています。ターボなどによるスーパーチャージも、混合気をシリンダ内に強制的に詰め込むことによって充填効率を上げています。過給圧という言葉を用いますが、これは、通常の空気圧(1,0kg/cm2)を基準とした加圧の度合であり、過給圧1.0kg/cm2ならば、2気圧の圧縮空気をシリンダ容積に詰めて燃やすことになります。つまり、排気量は実質2倍になります。
混合気はシリンダ内で圧縮されますが、圧縮時の容積が小さい(圧縮比が高い)ほど爆発や膨張の力も大きくなります。その反面、異常燃焼のリスクも高まります。とは言え、これも圧縮比で決まる話ではありません。過給エンジンは、吸入前に圧縮した混合気をさらに圧縮するので、絶対的な圧縮比は小さくなりますが、元からの気圧が高いぶん爆発力は大きくなります。
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2-5. スポーツカーとエンジン形式
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ここまで、以下のことを述べました。
- クルマ運動において、速さを決めるのはパワーである。
- パワーは、トルクと回転数で求められる。
- トルクは、燃やされる混合気の実質的な体積で決まる。
では、スポーツカーは、パワーを回転数で稼ぐべきか、トルクで稼ぐべきか。そのトルクは充填効率で稼ぐべきか、単に排気量アップで稼ぐべきか。…なのですが、これは、好みの問題と言うよりも、メインとなるマーケットの事情に依存するところが大きいと思われます。
例えば日本の場合、排気量の増加による税制の制約があります。この制約の中でパワーを獲得するには、エンジンの効率を追求することが有効だったと考えられます。
一方でアメリカの場合は、日本のような税制の制約がなく、パワーの獲得には最も簡単な排気量アップを選択したと思われます。しかもエンジン形式は、長い間プッシュロッド(OHV)が採用され続けています。現在でも、バイパーはV10
8000cc、コルベットもアルミブロックながら、V8 6000ccと、いずれも大排気量のOHV、しかも2バルブヘッドです。スペックだけで見れば決してスポーツカーには相応しくなく、効率化の余地が残る印象を与えます。
ところが、広大で場所によってはサービスも行き届かないアメリカの大地を走るならば、機構が単純なぶん、ドライバーが整備し易いことが強みとなるハズです。もしもV型エンジンでDOHCを構成するならカムシャフトは4系統必要になり、単純にOHVの4倍のフリクション(内部損失)が発生します。これを補って余りある高回転域を…使えば壊れるリスクが増えます。壊れたら、DOHCのような複雑な機構は、とても素人の手には負えないでしょう。
また、OHVはヘッドの上にカムシャフトが無いぶん、相対的にエンジンの高さを抑えられることも利点です。コルベットは低いボンネットを実現するため、敢えてOHVを採用したといいます。 こうした背景が、様々なスポーツカーのキャラクターをつくり、現在も伝統として残っているものと考えられます。
ゆえに、パワーさえ稼ぎ出せれば、エンジン形式などあまり意味の無い議論と言えるのではないでしょうか。それこそ将来、電気モーターが君臨すれば、現在のようなエンジン形式など語れなくなってしまうのですから。 ※そういう筆者のクルマのエンジン形式は、過給機付きのDOHCです…説得力も霧散。
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